永代地上権設定地に係る固定資産税賦課処分に関する裁決書

[はじめに]

本稿は、筆者のレポート「永代地上権が設定されている土地に係る固定資産税の納税義務者について」のフォローアップです。前回のレポートでは、永代地上権(存続期間を永代と定めている地上権)が設定されている土地に係る土地所有者に対する固定資産税賦課処分の取り消しを求める審査請求について取り上げました。そして、審査庁たる上田昌孝滑川市長が諮問した滑川市行政不服審査会(会長:金川治人弁護士)の答申は、審査庁の棄却の裁決は妥当でなく、審査請求人(筆者)に対する固定資産税賦課処分を取り消すのが相当である、とするものでした。この答申を受け、審査庁は裁決を行い、裁決書は、令和2年4月23日付けで審査請求人に送達されましたが、処分取消の審査請求を棄却するとの裁決内容は、予想外で、かつ、「租税法律主義」を逸脱している残念なものでした。

そこで今回のレポートでは、滑川市長の裁決書の内容を紹介し、行政機関による裁量を排し判例と法律に基づき課税するという租税制度の基本原則を逸脱した裁決内容であることを示すこととします。

(なお、「行政不服審査裁決・答申検索データベース」でこの裁決書は公開されています。「裁決検索」をクリック⇒「裁決情報検索」を開く⇒「フリーワード検索」に固定資産税又は地上権と記入し「検索」をクリックすると、本件審査請求が表示されます。カーソルを合わせる画面が黄色に変わるので、これをクリックすると「裁決詳細情報」が表示され、「R2.4.23裁決書(公開用).pdf」をクリックすると「裁決書」にアクセスできます。この裁決書には三つの案件が記載されていますが、永代地上権は最初の案件「本件審査請求1関係」です。)

[裁決書の主文と理由・結論]

裁決書の主文は、「本件審査請求に係る処分は不当であるが、行政不服審査法第45条第3項の規定により、棄却する。」というものです。

この主文に記載されている行政不服審査法第45条第3項とは、次の条文です。

「審査請求に係る処分が違法又は不当ではあるが、これを取り消し、又は撤廃することにより公の利益に著しい障害を生ずる場合において、審査請求人の受ける損害の程度、その損害の賠償又は防止の程度及び方法その他一切の事情を考慮した上、処分を取り消し、又は撤廃することが公共の福祉に適合しないと認めるときは、審査庁は、裁決で、当該審査請求を棄却することができる。この場合には、審査庁は、裁決の主文で、当該処分が違法又は不当であることを宣言しなければならない。」(下線部は筆者による。)

裁決書第5(1)に上記主文に至る理由・結論が記載されており、そのポイントを箇条書きすると次のとおりです。(下線部は筆者による。仔細は裁決書本文でご確認下さい。)

・滑川市行政不服審査会の答申を尊重し、違法であるとまでは言いがたいものの、相当ではないものとして理由があることから、本件処分は取り消すのが相当と考えられる。

・登記上「永代」と記された地上権の存続期間が期限の定めのないものであるか、「未来永劫」というものであるかは、当事者の意思解釈の問題。

・存続期間が「未来永劫」という地上権も有効であるということは、この点に関する大審院判決もあるので、これを認めることとしても、「永代」という文言が一般にどのように解されるかについては、一概に言いがたい。

・地上権が設定されて以来、土地所有者と地上権者との間で固定資産税に関する紛争が生じていないことからすると、固定資産税の負担に関するなんらかの合意又は地上権の存続期間に関するなんらかの合意があったと推測される。

・処分を取り消すと、このような従前の平穏かつ安定した権利関係に著しい影響をもたらしかねない。

・したがって、処分の取消しは公共の福祉に適合しないと認め、行政不服審査法第45条第3項の規定により、主文のとおり本件審査請求を棄却する。

[租税法律主義と地方税法第343条第1項の解釈]

裁決書記載の上記理由・結論には、指摘すべき論点が多数あるのですが、本稿では、わが国租税法の基本原則である「租税法律主義」の観点から、裁決内容を批判することとします。租税法律主義とは、法律の根拠に基づくことなしに、国家(行政当局)は租税を賦課・徴収することはできず、国民は納税することはない、という原則です。法律に従って課税をし、法律に従った租税負担を実現するという原則が、各税務当局において誤りなく実現されるためには、条文の解釈適用という問題が重要です。また、関係条文の解釈について疑義があり、訴訟が行われ確定判決が出れば、その判決趣旨に則り、実務を行うことは当然です。

本件審査請求に関する論点は、永代地上権が設定されている土地が「百年より永い存続期間の定めのある地上権の目的である土地」(地方税法第343条第1項括弧書)であるかということであり、そうであるならば、その土地に係る固定資産税は地上権者に課する、と条文解釈することとなります。この論点については、滑川市行政不服審査会の答申書(6頁)に次のとおり、明確な判断が示されています。

「存続期間を「永代」とした地上権について明治36年11月16日の大審院判決があり、同判決は、「永代」とは存続期間の定め無きものではなく無制限の存続期間のことであり、かような無制限とした地上権設定も民法の解釈上許されると判示したものであって、現在においてもこの判決は変更されていない。このことから存続期間を「永代」すなわち永久として約された地上権は前記地方税法の適用において100年を超える地上権地と解すべきものである。」

[租税法律主義から逸脱する裁決内容]

答申書記載内容からも明らかなように、永代地上権設定地に係る固定資産税は、その土地の地上権者に課することが、租税法律主義に基づく賦課処分です。この賦課処分には、処分庁たる滑川市長の裁量はありません。固定資産税(その前身たる地租)は、先の大戦後、地方税となり、根拠法たる地方税法は昭和25年に公布・施行されました。事後、滑川市(旧滑川町)は、永代地上権設定地の土地所有者に対して固定資産税を賦課していますが、この賦課処分は違法であり、速やかに処分を取り消し是正すべきです。

滑川市長は、裁決書の理由・結論において、土地所有者と地上権者との間で、固定資産税の負担に関しなんらかの合意があったと推測する等、租税法律主義の観点からはあり得ない論旨を展開し、処分の取消しは公共の福祉に適合しないと認めるとし、本件審査請求を棄却するとしています。法律の根拠に基づくことなしに、国家(行政当局)は租税を賦課・徴収することはできず、国民は納税することはない、との租税法律主義の基本原則からして、現在の違法な賦課処分を取り消し是正することこそ、公共の福祉に適合するというべきでしょう。

頭書に述べたとおり、今回の裁決内容は残念なものでした。今後、納税者の権利保護のため、所要の措置をとることとなります。(令和2年5月1日脱稿)

研究主幹 斉藤敏夫

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